昔の盲人の仕事について(鎌倉~江戸時代)
こんにちは。スタッフのまりもですヽ(´▽`*)ゝ
先日は、平安時代盲人の仕事についてお話しましたね。
覚えていますか?
平安時代、琵琶という弦楽器を用いて演奏する盲人ということで琵琶法師が誕生しましたよね。
その琵琶法師が鎌倉時代~室町時代になると、飛躍的な活躍を遂げることになるのです。
では、なぜこの時代に活躍することになるのでしょうか?
それは、この時代に成立した平家物語がきっかけなんですよ。
平家物語とは源頼朝に代表される武士と、衰退してゆく平家との複雑な人間関係を記したお話です。(知らない人も多いですよね)
この平家物語を琵琶を用いて語っていたのが琵琶法師だったのですが、こうやってたくさんの人に語ることによって、生活費を稼いでいたというわけですよ。
平家物語を琵琶で語る琵琶法師もいましたが、お経を琵琶で唱える琵琶法師も存在していたそうです。
だから、戦国の世では、琵琶法師の需要がかなり高くなっていたということになります。
盲人の全盛期は「江戸時代」です。
幕府はこの時代に、盲人に対して身分を保証する対策を設けたため、盲人は手厚い保護を受けられるようになりました。
盲人の仲間たちが集まる集団(職業訓練)に「当道座」(とうどうざ)というものがあったのですが、この集団は上下で73もの階級があり、最高位にあたる「検校」(けんぎょう)という身分の人は大名に匹敵する待遇を受けていたそうです。
この地位に利用して様々な職業がどんどん誕生していくのですが、検校である杉山和一(すぎやまわいち)という人は鍼(はり)と按摩(あんま=マッサージ)の技術を身に付け、世界で初めて盲人に技術を学ばせる施設を作ったそうです。
だから、現在、視覚障がい者のお仕事 = 鍼・灸・マッサージ・・・というのを言われているのは、この杉山さんのおかげになるというわけですね。
また、音楽の分野では八橋検校(やつはしけんぎょう 1614-1685)という人が、日本の弦楽器である三味線や琴などの発展に尽くしました。
これによって琵琶が衰退していきます。
ちなみに、和菓子の八つ橋の名前の由来は八橋検校から来ているそうですよ。
では身分の低い盲人は何をやっていたのか?
それは、幕府公認の金貸し業などを行なっていたそうです。
こうやって昔を調べていくといろいろなことがわかって面白いですよね^^